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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)1789号 判決

原告

株式会社トキワ商事

右代表者

天野輝子

右訴訟代理人

平松耕吉

被告

山本邦雄

山本寛二郎

右両名訴訟代理人

島武男

大宅美代子

高瀬忠春

主文

一  被告らは、各自、原告に対し金一一八九万〇五七四円及びこれに対する昭和五九年三月二五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告に対し金二一六六万円及びこれに対する昭和五九年三月二五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は玩具等卸売販売を業とする会社であり、被告らはタカラ商店の屋号で玩具製造業を共同して営む者である。

2(一)  原告は、昭和五七年一〇月から同五八年七月までの間、タカラ商店から同店製造にかかるアーチェリー玩具(プラスチックの弓一個と矢四本。以下「本件アーチェリー」という)八万四八〇〇組を代金合計三三九万二〇〇〇円(一組四〇円)で買い受けた(以下「本件売買契約」という)。

(二)  本件アーチェリーは、原告から株式会社萬綱商店(以下「萬綱」という)、萬綱から株式会社ニチイ(以下「ニチイ」という)へと順次売り渡され、ニチイで小売販売されていた。

3  失明事故の発生

鬼塚裕子(当時七歳。以下「裕子」という)は、同五八年四月二八日、大阪府守口市高瀬町五の二六所在の自宅で弟の鬼塚陽一(当時四歳。以下「陽一」という)とニチイから購入した本件アーチェリーで遊んでいた際、本件アーチェリーの弓に矢をつがえて射たところ、矢の先端のゴム吸盤がはずれていたため矢が傍にいた陽一の左眼に刺さり、そのため陽一は左眼を失明した(以下「本件失明事故」という)。

4  被告らの責任

被告らは本件売買契約において原告に対し幼児が使用するにつき安全な構造を有する製品を納入する債務を負つていたところ、本件アーチェリーの矢は、ゴム吸盤にはめ込まれるプラスチックの矢先の返りが十分でなく、差込み穴との密着度も乏しいため吸盤がわずかの力で抜けてしまううえ、吸盤の抜けた右プラスチックの矢先は小さく尖つていて刺さりやすい状態にあつて玩具としての安全性を欠いており、そのため本件失明事故が発生したものである。したがつて、被告らは、債務不履行に基づき原告に対し後記損害を賠償する責任がある。

5  損害

原告の損害は、次のとおり合計二一七六万〇四七八円を下らない。

(一)(1) ニチイは、本件失明事故のため次の金員を支払つた。

イ 陽一に対する損害賠償金 一七〇四万三七五三円

ロ 陽一の治療費(国民健康保険求償分) 七二万四七二五円

ハ イの示談交渉のための弁護士費用 六〇万円

(2) ニチイの右損害は、萬綱がニチイに対し債務不履行又は不法行為に基づき賠償すべきものであり、また原告も同様に萬綱に対し賠償義務を負うものであるところ、萬綱はニチイに、原告は萬綱に、それぞれ右損害額を損害賠償として支払つた。

(二) 原告は、本件失明事故の発生により、既に販売ずみの本件アーチェリー約八万組の回収、廃棄を余儀なくされたため、その支払代金三三九万二〇〇〇円相当の損害を被つた。

6  よつて、原告は、被告らに対し、各自債務不履行に基づく損害賠償として右損害額の内金二一六六円及び訴状送達日の翌日である同五九年三月二五日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1中、原告が玩具等卸売販売を業とする会社であり、被告山本邦雄(以下「被告邦雄」という)がタカラ商店の経営者であることは認め、その余の事実は否定する。被告山本寛二郎(以下「被告寛二郎」という)はタカラ商店の従業員にすぎない。

2  同2の事実は認める。

3  同3中、裕子が同五八年四月二八日、大阪府守口市高瀬町五の二六所在の自宅で弟の陽一とニチイから購入した本件アーチェリーで遊んでいた際、矢が陽一の左眼に突き刺さり陽一が左眼を失明したことは認め、その余の事実は否認する。

4  同4は争う。本件アーチェリーの矢は安全性に欠けるものではない。すなわち、矢のゴム吸盤は粘着力の強い材費を用い、取付部分は肉厚にし長さが一二ミリある。他方、矢の先端は簡単に折れないよう太くしてあり、又、ゴム吸盤の差し込み部分に反りをつけ、相当強く引張つても抜けない構造になつている。

本件失明事件は、裕子が本件アーチェリーを通常予見しえない方法で使用した(裕子はゴム吸盤を外した矢を陽一に向け射た)ため発生したものであるから、被告らに債務不履行責任はない。

5(一)  同5の事実は知らない。

(二)  仮に被告らに原告に対する損害賠償義務があるとしても、陽一が本件失明事故により被つた損害は、次のとおり一〇七〇万九九六七円であり、原告主張の金額は過大である。

(1)イ 治療費 五一万三三五三円

ロ 入院付添費 二九万二〇〇〇円

ハ 諸雑費 七万三〇〇〇円

ニ 交通費 一六万五四〇〇円

ホ 治療費(国民健康保険求償分) 九五万一〇五七円

ヘ 入通院慰藉料 八三万円

ト 後遺症慰藉料 五四〇万円

チ 逸失利益 一三一九万五一二四円

合計 二一四一万九九三四円

(2) 本件失明事故の被害者側の過失は少なくとも五割と解されるから過失相殺後の損害額は一〇七〇万九九六七円となる。

三  抗弁

1  (検査通知義務の懈怠による損害賠償請求権の喪失)

商事売買において、買主は目的物を受け取つたときは遅滞なくこれを検査し、瑕疵あることを発見したときは直ちに売主に通知する義務を負い、これを怠ると買主は目的物の瑕疵に基づく損害賠償を請求することができなくなる(商法五二六条一項)ところ、原告は、本件アーチェリーの矢につき瑕疵があるとの通知をしたことはないから、本件アーチェリーの瑕疵を理由として損害賠償を請求することはできない。

2  (過失相殺)

原告は、本件アーチェリーを販売するにあたりその安全性につき検査をすべき義務があつたのにこれをしなかつた過失があるから、損害賠償額の算定にあたり原告の右過失を斟酌すべきである。

なお、被告らは原告に対し本件アーチェリーが後記STマーク表示を許可された商品であるとの説明をしたことはない。

3  (賠償額分担の合意)

原告、被告ら、萬綱及びニチイの間において、陽一に対する損害賠償につき、右四者が話合いのうえ分担して負担する旨の合意が成立したが、未だ分担の話合いはされていないから、原告の被告らに対する損害賠償請求権は発生していない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1及び2は争う。原告は被告らから、本件アーチェリーは社団法人日本玩具協会の安全基準合格マーク(STマーク)表示を許可された商品であるとの説明を受けていた。したがつて、原告は本件アーチェリーの安全性についてなんらの疑義をもたなかつた。

2  同3の事実は否認する。又、右主張は時機に遅れているから許されない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一1  原告が玩具等卸売販売を業とする会社であること、被告邦雄がタカラ商店の経営者であることは当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉を総合すれば、被告邦雄は同五三年ころから腎臓病を患つて週三回の人工透析を要する重度一級の身体障害者であるため、タカラ商店の業務一般は被告寛二郎が行つていること、タカラ商店の事業所、工場の建物及び敷地の所有権は同五六年五月被告邦雄からは被告寛二郎に移転していることが認められ、右事実によれば被告寛二郎は被告邦雄と共にタカラ商店の経営者であると認めるのが相当である。

二1  原告が同五七年一〇月から同五八年七月までタカラ商店から同店製造にかかる本件アーチェリー八万四八〇〇組を代金合計三三九万二〇〇〇円(一組四〇円)で買い受けたこと、本件アーチェリーが原告から萬綱、萬綱からニチイへと順次売買されニチイで小売販売されていたこと、裕子が同五八年四月二八日、大阪府守口市高瀬町五の二六所在の自宅で弟の陽一とニチイから購入した本件アーチェリーで遊んでいた際、矢が陽一の左眼に突き刺さり陽一が左眼を失明したことは当事者間に争いがない。

2  右事実、〈証拠〉によれば、裕子は弟の陽一に本件アーチェリーの遊び方を教えていたところ、つがえた矢を誤つて発射したこと、この矢につけられているゴム製の吸盤は発射前にはずれていて矢の先が尖つた状態であつたため、発射された矢が陽一の左眼に突き刺さり陽一は左眼を失明したことを認めることができる。

三被告らの責任

1  〈証拠〉を総合すれば、タカラ商店は同五一年ころからアーチェリー弓矢の玩具を製造していたが、同五三年一一月二七日、広島県呉市で子供が右アーチェリー玩具を購入して遊んでいたところ矢の先端につけられていた吸盤がはずれ、この矢が眼にあたつて一四日間の入院治療を要する傷害を負う事故が発生し、タカラ商店は被害者に対し示談金として一〇万円を支払つたこと、タカラ商店は右事故後、広島県消費生活センターから吸盤をはずれにくいように改造せよとの勧告を受け、同五四年二月、吸盤を差し込む矢の先端部分を、従前は丸かつたものを切れ込みを入れてもどりをつけ、吸盤の差し込み部分の深さについても六ミリメートルから一二ミリメートルと深くし、肉質を厚くし、材質も堅くして抜けにくくする改造を加えたこと、本件アーチェリーの矢は右改造後の矢であるが、その吸盤は改造前に比べはずれにくくなつているものの、矢の先端に差し込んであるのみであるから、容易に矢の本体からはずれるうえ、吸盤のはずれた矢の先端は小さく尖ついていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

2 本件アーチェリーは子供用の玩具であり、幼児の使用も当然に予想されるものであるから幼児の使用に際し安全な構造を有する製品でなければならないが、前認定のとおり、本件アーチェリーの矢は、吸盤が容易にはずれ、吸盤のはずれた矢先は小さく尖つていたのであるから、幼児の使用に際しての安全性を欠いていたと解するのが相当である。そして、被告らが本件売買契約上原告に対し幼児の使用に際し安全な構造を有する製品を納付すべき債務を負つていたことはいうまでもないから、被告らは原告に対し債務不履行に基づき原告の後記損害を賠償する責任がある。被告らは本件失明事故は裕子が本件アーチェリーを通常予見しえない方法で使用したため発生したものであるから債務不履行責任を負わないと主張するが、これを認めるに足る証拠は失当である。

3 被告らは、原告が本件アーチェリーにつき商法五二六条一項に定める検査通知義務を怠つたから損害賠償を請求することができないと主張するが、原告は被告らに対し本件アーチェリーの瑕疵担保責任を追及するものではないから、右主張は失当である。

4  原告、被告ら、萬綱及びニチイの間において被告ら主張のごとき賠償額分担の合意がされたと認めるに足る証拠はない。

四損害

1  〈証拠〉を総合すれば、ニチイは、(イ)陽一の代理人である弁護士と本件失明事故の示談交渉をし、損害賠償として一七〇四万三七五三円を支払い(ロ)右示談交渉のための弁護士費用として六〇万円を支払い(ハ)守口市から国民健康保険法に基づき陽一の治療費の七割(三割過失相殺)にあたる七二万四七二五円の請求を受けこれを支払つたこと、萬綱はニチイから(イ)ないし(ハ)の合計一八三六万八四七八円の損害賠償請求を受けてこれを支払い、原告は萬綱から同額の損害賠償請求を受けてこれを支払つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  そこで、原告の支払つた右賠償額の相当性につき検討する。

(一)(1)イ 治療費 五一万三三五三円

ロ 入院付添費 二九万二〇〇〇円

ハ 諸雑費 七万三〇〇〇円

ニ 交通費 一六万五四〇〇円

弁論の全趣旨によれば、陽一は、イないしニの損害を被つたことが認められる。

ホ 入通院慰藉料 一二〇万円

〈証拠〉によれば、陽一は本件失明事故による左眼の治療のため八五日間入院し、一四日間通院したことが認められ、右入通院期間中の同人の精神的苦痛に対する慰藉料は一二〇万円が相当である。

ヘ 後遺症慰藉料 六〇〇万円

陽一が左眼失明の後遺症により受けた精神的苦痛に対する慰藉料は六〇〇万円が相当である。

ト 逸失利益 一三六〇万三二四六円

陽一は、本件失明事故のあつた同五八年当時四才の男子で、高校卒業の満一八歳から満六七歳まで四九年間は就労可能であるが、右事故のため労働能力を四五パーセント喪失したと認められるから、労働省政策調査部発行の賃金構造基本統計調査昭和五八年第一巻第一表による同年度高卒男子労働者の平均賃金収入年間一七一万〇一〇〇円を基にホフマン方式により中間利息を控除して同人の逸失利益を計算すると一三六〇万三二四六円となる。

(2) 前認定事実によれば、本件失明事故は陽一の姉の裕子が誤つて本件アーチェリーの矢を射た過失により発生したものであるから、右過失を被害者側の過失として三割の過失相殺をすると、ニチイの負担すべき右賠償額は(1)イないしトの合計二一八四万六九九九円の七割である一五二九万二八九九円である。

(二) 前認定事実によれば、ニチイは陽一の治療費として過失相殺により三割を減じた七二万四七二五円を支払つている。

(三) ニチイが陽一との示談交渉のため支払つた弁護士費用六〇万円は相当なものと認められる。

(四) したがつて、ニチイが支払つた賠償金は一六六一万七六二四円の限度で相当であり、ニチイは萬綱に、萬綱は原告に対しそれぞれ債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求権を有するものと解されるから、原告の支払つた前記賠償額は右金額の限度で相当である。

3  〈証拠〉によれば、原告は本件失明事故の発生により販売ずみの本件アーチェリー約八万組の回収を余儀なくされ、少なくとも買入価額(一組四〇円)相当である三二〇万円を下らない損害を被つたことが認められる。

4 (過失相殺)

〈証拠〉を総合すると、原告はタカラ商店から包装されないまま納入された本件アーチェリーの弓と矢を、その安全性につき検査することなく弓一個と矢四本を一組にして包装し、これを自社の商品として販売していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。右事実によれば、原告は本件アーチェリーを販売するに際しては、その安全性を検査すべき義務があつたのにこれを怠つた過失が認められ(被告らが原告に対し本件アーチェリーは社団法人日本玩具協会のSTマーク表示を許可された商品であると説明していたとしても、原告らは右検査義務を免れない)、これを斟酌すると四割の過失相殺が相当であるから、被告らが賠償すべき原告の損害額は一九八一万七六二四円の六割である一一八九万〇五七四円となる。

五よつて、原告の本訴請求は一一八九万〇五七四円及びこれに対する訴状送達日の翌日である同五九年三月二五日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官蒲原範明 裁判官川久保政德 裁判官阿部正幸)

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